意識高い系うんぬん
少し前にあるSNSで、意識高い系について書かれているのを見た。
落合陽一も意識高い系について著書で述べていたと思う。
少し気になって読んだ時期もあったけど、今になって見てみると、かなりどうでもよく感じる。
なにも考えずに生きることとか、組織に組み込まれることは最近割と悪にされる。
生き方が多様になり過ぎて、
「いつまでそんな仕事で消耗しているんですか」的な謳い文句もよく見るようになったし。
でも極論、なにも考えないことが一番楽だと思う。組織に組み込まれるって、めちゃ楽だ。
僕は辛いけど、
淡々と過ごす日々に慣れて、なにも考えないことに何も感じなくなったら、それはもうゾーンに入っていると思う。
自分のやりたいことに熱中するのと、ゾーンに入るという観点では大差ないんじゃないかな。
僕は昔部活でいっぱい辛い経験をした。自分で自問自答したり、解決策を考えて実行したり。好きなスポーツと組織で活動するために、随分と苦心した。
でも後で当時の話をすると、特になんにも考えずにプレーしてた同期もけっこういる。
学校、部活、宿題。これもルーティーン化されて、捉え方によっては淡々とこなせる。
要はもう個人の捉え方だと思う。
その過程で考え方の変遷だったり、物事への慣れとかはあるけど、
なにを大事と捉えるかだけ。な気がする。
自分が世間から見て何系とか、あんまりもう関係ない。見せかけだけの意識高い系でも、自分は意識高く社会について考えていると思えれば十分だし、意識低くてもなにも考えないことが楽なら十分だと思う。(もちろん社会発展なんかを考えたら別だけど、)
でも個人的には、
常になんか迷ったり、考えたり、ほんの些細なことでも行動してみたり、っていうのはすごい人間的で、すごい面白いと思う。
だから僕は学生のときから部活で悩み苦しんでいたんだと思うし、今も生き方に悩むときもあるんだと思う。
「考えるのめんどくさいしー、生まれ変わったら植物とかでいいかなーー」とかいう女子と会ったことがあるけど。
いやいや。斬新過ぎた。
まあでも今も何も考えなくても生きていけるとは思うけど。