正夢
日曜日の朝、知ってしまった。おれは死ぬ。
いや哲学的な、人類皆死ぬ的なことを言ってるわけじゃない。近々、それも半年以内に。
重い病魔に侵されてるわけじゃない。そんな悲劇なヒーローにもなれない。
でも見てしまったんだ。
暴走する車に轢かれる自分を。死を悟る自分を。そして、フロントガラスに映る制服姿の自分を。
まだ夏の暑さが残る9月の終わり。夢の中で寒そうに下を向いて歩いていた自分。半年というのは、希望的観測かもしれない。
席が隣の女子が消しゴムを落とした。おれの方に転がってきたから、拾って彼女の少し骨ばった手のひらに差し出す。
「ありがとう。」
「うん。」
あ、、。これか。この景色。おれが下から彼女を見上げる、可愛いのか可愛くないのか分からない彼女の前髪がかかった顔。あの夢だ。
誰もが経験したことがあると思う。こんな些細なこと。この後恋愛にも、友だちにも発展しないのがこの正夢の強みだった。些細なこと過ぎて、一瞬はっ!とするだけ。少しのワクワクを感じて、また日常に戻る。
おれは夢をめったに見ない。
その代わり、見たものはこんな些細なことでも覚えてる。脈絡もない一場面。それは全て現実になった。日常の一コマだから、別になんとも思わなかった。
でも見てしまったんだ。
昔映画で、病気にかかって余命3ヶ月の女の子がこんなようなことを言ってた。
「君だって明日交通事故で死ぬかもしれない。私も君も、1日の価値は同じだよ。」と。
いや。違うだろ。
もうおれの1日の価値は変わった。ありふれた日常を楽しむ?死ぬまで受験勉強を頑張る?そんなアホな!死ぬ直前に受験勉強で寝不足になってるなんて、前世の自分でも笑えない。
じゃあどうすんだ?
そもそも制服で轢かれたんだから、制服を着なかったらいいのか?
ん?学校を辞める、、?いやそれはないだろう。辞めたってすることないし、親になんて言うんだ。白々しい目で周りから見られる。
でもそうしないと死ぬ。たぶん。いや、割とたぶん。
明日担任に言う。それしかない。理由は?なにも思い浮かばない。とにかく今日のうちに考えよう。最近は高校行かないやつも、大学中退するやつも、世間でたいして叩かれなくなったし。高校三年で辞めるのは聞いたことないけど、ネットを漁ればそれらしい理由なんてすぐ見つかる。
辞めてどうする。。いやでも学校なんて楽しいと思ったことはほとんどない。ぼーっと授業受けて、部活を引退してからは特に誰とも喋らず帰ってた。受験勉強なんて、半分以上の時間は頭のなかで女の子にモテる自分を妄想してたら終わった。
せっかくだし旅とか?日本一周とか?
考えたら楽しそうだ。高校辞めて日本一周なんて。せっかくだし自転車で行こう。道中バイトして、何年かかったっていい。考えれば考えるほど、現実味を帯びてくるような気がする。
夜はソワソワして眠れなかった。
頭の中は旅をする自分。地域の新聞に取り上げられるところまで妄想していた。
次の日の朝は、曇り空だった。いつになく涼しい。
辞めることを担任に言おうと思うと、なんだか緊張して前を向いて歩くことができなかった。学校までは歩いていける。身体に染み付いた道は、下を向いてても迷うことはない。
悲鳴。
ん?
タイヤの擦れる音。
あ、。そうか。
寒そうに下を向いてる?どこが。
夢の中で半袖のシャツを着ていたこと、今思い出した。